尼巌山~難攻不落の尼巌城跡から周囲の山々を眺めて~1 日前読了時間: 4分更新日:57 分前あまかざりやま標高:781m所在地:長野市登山口:池田の宮登山口コースタイム:1時間30分本日は尼巌山へ。山頂は尼巌城跡で武田・真田のゆかりの地です。楽しみ。🅿到着。神社入口に数台車を停められます。玉依比賣命神社の由緒。神社創建は「孝元天皇十六年」とあります。これは紀元前200年ごろ、なんと弥生時代とは。主祭神は玉依比賣命で、初代神武天皇の母神だそうです。尼巌山・奇妙山 登山道入口。正面に見えるのが本日の目的地、尼巌山です。鳥居をくぐっていざ入山。9本のケヤキの間を進んでいきます。荘厳ですね。かわいい玉依比賣命神登場。女性の願いを叶えてくれる美しい神様だそうです。さっそくお参りしましょう。玉依比賣命神社に参拝。現社殿は天保四年(1833)に改築されたものだそうです。神社の脇に池田の宮登山口がありました。QRコードがあって登山道の地図をダウンロードできます。熊出没注意とあります。気をつけて登りましょう。入山してまもなく、コゲラに会えました。猪よけの柵を開けて山に入ります。入ったら閉めておくのも忘れずに。最初の案内板が見えてきました。石碑もありそうです。石碑の文字は解読不可能でしたが、横の説明を読むことができます。鎌原桐山先生顕彰碑。鎌原桐山先生とは、松代藩家老で著名な儒学者、佐久間象山などを育てた教育者だそうです。この場所は信濃の天王山といい、桐山翁が静養した場所だそうです。天王山古墳の案内がありました。天王山という名前が残っていますね。ちょっとわかりにくいですが、天王山古墳です。この赤いお札のような目印が登山者を導いてくれます。運命の分かれ道。北尾根尼巌山と南尾根尼巌山の分岐。どっちから行くべきか?本日は南尾根コースに行ってみることしました。分岐の間には石のほこらがあります。道を進むにつれ岩が増えてきて、ついにロープ登場です。ときどき現れる手書きの「トレッキングコース」の案内をみるとほっとします。見晴らしのよいところにでました。岩も景色を眺めているみたい。険しい崖みちを登っていきます。ウスタビガの繭を発見。枯葉のコートをきているみたいです。雨宿りできそうな大岩がありました。尼巌山の帽子の部分でしょうか。大きな岩のまわりをぐるぐる回りながら崖みちを少しずつ登っていきます。山頂120Mの案内板登場。ここからロープをつたっての急登です。尼巌山の山頂に着きました。標高780.9m。記念撮影✨北信五岳が美しいです!お天気最高。見晴らし最高です。尼巌城跡の案内板もありました。尼巌城(別名東条城)の築城は鎌倉時代以前で難攻不落の山城だったようです。「弘治二年(1556)、武田信玄は真田幸隆に尼巌城の攻略を命じた。城主の東条氏はよくこれに抗したが、高坂弾正らの武田軍の加勢により、ついに城は落城し、東条氏は越後の上杉謙信の元へ逃れた。その後、城は信玄の命により改築され、永禄三年(1560)頃、山本勘助により海津城(松代城の原形)が完成すると、防衛的な山城として重要視された。天正十年(1582)、武田勝頼が織田信長との天目山の戦いに敗れ、武田氏が衰退すると、上杉景勝らの援護のもとに、北信濃の諸将は旧地を回復し、上杉家臣となっていた東条信広も尼巌城将として復帰した。慶長三年(1598)、上杉景勝が会津百二十万石に移封され、これにともなって東条氏ら川中島の将士達も会津へ移ったため、尼巌城は四百年以上の山城の歴史に幕を閉じ廃城となった。」とあります。歴史のすごい舞台だったんですね!辰巳岩を通っていざ下山。いい眺めです!落ち葉を掃いて登山道をきれいにしました。落ち葉はすべりやすく、浮き石もたくさん隠れていたので、より安全に歩けました。ありがとう。無事下山。9本のケヤキ通りから見た尼巌山。駐車場に戻ってきました。歴史学者の平山優先生の「武田信玄と北信・東信地域」の講演を聴いてから行ってみたかった尼巌山。途中の岩場やロープの道は険しかったけれど、山頂から眺めた北信五岳は最高でした。尼巌城は大好きな武将たちがいっぱい関わる山城で歴史の息吹もたくさん感じられて大満足。あたたかな春の兆しを感じられた里山あるきに感謝。
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