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女神岳~別所温泉から急峻なルートを行く~

  • 3 日前
  • 読了時間: 5分

めがみだけ

標高:927m

所在地:上田市

登山口:別所温泉登山口

コース:別所温泉登山口→松茸山別所和苑→女神山城(女神岳山頂)(927m)→女神山天宮大神・城山大神の祠(930m)→山田神社登山口


別所温泉到着。女神岳へは以前穴平地区から登ったときにとても急だったので、次に行くときはもっと修行を積んでから…と思っておりました。しかし、本日は別コースからということで、期待と不安の入り混じった状態で登山開始です。
別所温泉到着。女神岳へは以前穴平地区から登ったときにとても急だったので、次に行くときはもっと修行を積んでから…と思っておりました。しかし、本日は別コースからということで、期待と不安の入り混じった状態で登山開始です。
大湯方面へ。別所温泉の街の雰囲気はいつ来てもいいですね。
大湯方面へ。別所温泉の街の雰囲気はいつ来てもいいですね。
大湯の手前、途中の路地を入っていきます。
大湯の手前、途中の路地を入っていきます。

とくに案内板などもありませんが、気がつけば登山道。
とくに案内板などもありませんが、気がつけば登山道。
山に入ってからもとくに案内などはなく、ピンクの印を見かけるだけで安心感アップ。
山に入ってからもとくに案内などはなく、ピンクの印を見かけるだけで安心感アップ。
前方に立派な建物が現れました。
前方に立派な建物が現れました。
ここは女神岳山腹、標高650mにある「松茸山別所和苑」でした。素敵な松茸小屋です。松茸の季節に来てみたいです。
ここは女神岳山腹、標高650mにある「松茸山別所和苑」でした。素敵な松茸小屋です。松茸の季節に来てみたいです。
別所和苑を後にして先へ進みます。
別所和苑を後にして先へ進みます。
ここから上り坂をぐんぐんいきますよ。登山道に沿って熊のフンにもたくさん出会いました。心なしか傾斜がどんどん急になっていくような…。
ここから上り坂をぐんぐんいきますよ。登山道に沿って熊のフンにもたくさん出会いました。心なしか傾斜がどんどん急になっていくような…。
その後も傾斜はどんどん急になり、一歩踏み外したら真っ逆さまの恐怖との闘いのなかで、見つけた大好きなエメラルド。ウスタビガの繭に励まされて山頂まであと少しです。
その後も傾斜はどんどん急になり、一歩踏み外したら真っ逆さまの恐怖との闘いのなかで、見つけた大好きなエメラルド。ウスタビガの繭に励まされて山頂まであと少しです。
三角点が見えます。
三角点が見えます。
女神山城(女神岳山頂)、標高927mです。あ~無事について良かった…!
女神山城(女神岳山頂)、標高927mです。あ~無事について良かった…!
主格脇には真田氏時代のものと言われる立派な石積みが残っていました。女神山城は斎藤源左衛門の拠城で関ヶ原合戦や第二次上田合戦で源左衛門が一揆を起こして真田氏に抵抗、立て籠った山城だそうです。また徳川方の小笠原氏に備えるため真田昌幸が改修を行ったとも言われています。
主格脇には真田氏時代のものと言われる立派な石積みが残っていました。女神山城は斎藤源左衛門の拠城で関ヶ原合戦や第二次上田合戦で源左衛門が一揆を起こして真田氏に抵抗、立て籠った山城だそうです。また徳川方の小笠原氏に備えるため真田昌幸が改修を行ったとも言われています。
山頂からもう少し先へ、小堀切を越えて200mほど進みます。
山頂からもう少し先へ、小堀切を越えて200mほど進みます。
女神山天宮大神・城山大神の祠、標高930mです。こちらの方が山頂より高いんですね。
女神山天宮大神・城山大神の祠、標高930mです。こちらの方が山頂より高いんですね。
こちらでも記念撮影✨
こちらでも記念撮影✨
下山は穴平でも別所温泉でもない第3のルートへ。どこに続くでしょう。案内には「石鳥居登山口40分」とあります。
下山は穴平でも別所温泉でもない第3のルートへ。どこに続くでしょう。案内には「石鳥居登山口40分」とあります。
このルートにはときどき手書きの案内があり、安心感あります。
このルートにはときどき手書きの案内があり、安心感あります。
ダンコウバイ(檀香梅)が咲いていました。
ダンコウバイ(檀香梅)が咲いていました。
伐採路は歩きやすかったですが、倒木は多めです。
伐採路は歩きやすかったですが、倒木は多めです。
まだ新しい案内もありました。
まだ新しい案内もありました。
登山道から再び伐採路へ。案内がちゃんとあるので登ってきたときも迷わなそうです。
登山道から再び伐採路へ。案内がちゃんとあるので登ってきたときも迷わなそうです。
分岐に出ました。ここから山田神社(清水)へ向かいます。
分岐に出ました。ここから山田神社(清水)へ向かいます。
獣除けのゲートまで下りてきました。
獣除けのゲートまで下りてきました。
ここから登ると女神岳山頂まで100分なんですね。
ここから登ると女神岳山頂まで100分なんですね。
山田神社に着きました。御神水をいただきます。
山田神社に着きました。御神水をいただきます。
無事の下山と御神水に感謝のお参りをしました。
無事の下山と御神水に感謝のお参りをしました。
脇の壁に山田神社の由来がありました。もともとあった「杵築社」に「熊野社」を合祀して「山田神社」となったそうです。
脇の壁に山田神社の由来がありました。もともとあった「杵築社」に「熊野社」を合祀して「山田神社」となったそうです。
伊勢宮、金毘羅社、天神社とたくさんの神様がいました。
伊勢宮、金毘羅社、天神社とたくさんの神様がいました。
蚕影社もありました。
蚕影社もありました。
別所温泉への帰り道、フキノトウが顔を出していました。
別所温泉への帰り道、フキノトウが顔を出していました。
クロッカスも咲いていました。オレンジがかった黄色が元気をくれます。
クロッカスも咲いていました。オレンジがかった黄色が元気をくれます。
別所温泉名物 おはぎ本舗 いけだやに到着。
別所温泉名物 おはぎ本舗 いけだやに到着。
胡麻とずんだの黄粉のおはぎをゲットしました。
胡麻とずんだの黄粉のおはぎをゲットしました。
足湯ななくりへ。地名の「七久里」と今の苦しみが離れる「七苦離」の意を兼ねて「ななくり」と呼ばれているそうです。
足湯ななくりへ。地名の「七久里」と今の苦しみが離れる「七苦離」の意を兼ねて「ななくり」と呼ばれているそうです。
いい湯加減です。
いい湯加減です。
湯かけ地蔵。案内には「上田の在の信心深い春蔵が、佐渡に流刑された日蓮上人を慕って佐渡のとある沼地を通りかかると『春蔵、春蔵』と呼ぶ声が聞こえた。あたりには誰もいない。『泥にまみれて永いこと此処にいる。一度信濃の湯につかりたい。身を清められたらお前の願いを叶えよう』春蔵は驚いて沼に入り泥の中から一体の地蔵尊を取り出し、急ぎ信濃に帰り別所の湯に入れた。それからの春蔵は美しい女人と結ばれ子宝にも恵まれて幸せな日々を送ったという。」とありました。ここの湯は飲めるということで、ありがたくいただき、お地蔵さんに湯もかけて願いを唱えてきました。
湯かけ地蔵。案内には「上田の在の信心深い春蔵が、佐渡に流刑された日蓮上人を慕って佐渡のとある沼地を通りかかると『春蔵、春蔵』と呼ぶ声が聞こえた。あたりには誰もいない。『泥にまみれて永いこと此処にいる。一度信濃の湯につかりたい。身を清められたらお前の願いを叶えよう』春蔵は驚いて沼に入り泥の中から一体の地蔵尊を取り出し、急ぎ信濃に帰り別所の湯に入れた。それからの春蔵は美しい女人と結ばれ子宝にも恵まれて幸せな日々を送ったという。」とありました。ここの湯は飲めるということで、ありがたくいただき、お地蔵さんに湯もかけて願いを唱えてきました。
別所温泉を後にしようとしたとき、最後にヤマトタケルにも出会えました。別所温泉の由来は案内によると「今から約1500年前、日本武尊が御東征の折に信濃に入り別所のお湯を発見した。別所温泉がわが国最古の温泉といわれるゆえんである」とありました。身近な別所温泉がヤマトタケルの発見したお湯だったとはワクワクです。しかもわが国最古の温泉といわれていたとは、知りませんでした。面白いですね。
別所温泉を後にしようとしたとき、最後にヤマトタケルにも出会えました。別所温泉の由来は案内によると「今から約1500年前、日本武尊が御東征の折に信濃に入り別所のお湯を発見した。別所温泉がわが国最古の温泉といわれるゆえんである」とありました。身近な別所温泉がヤマトタケルの発見したお湯だったとはワクワクです。しかもわが国最古の温泉といわれていたとは、知りませんでした。面白いですね。
『信州の民話伝説集成 東信編』p72~73には嶽の幟という女神岳にまつわる民話が紹介されています。「むかし、日照りばかりが続いて、川の水も渇き、地下から掘って汲む井戸も涸れてしまった。作物ができないばかりか、これではみんな死んでしまうと人々は悲しんだ。そこで村人たちが相談して、男神嶽と女神嶽の両方に願をかけて祈った。『もし、大雨を降らしてくださり、民のいのちをお救いくださいますれば、あらん限りのお供えをいたします』そうして、長い布をはった龍神の姿をあらわした幟を立てて、みんなで行列をつくって歩いていくと、男神嶽の山の上に九頭龍のような形の霊体が現れ、だんだん女神嶽の方へ進んで山を覆ってしまった。すると、まもなくして大雨がざんざんと降り始め、人々は、わあっと歓声をあげて喜んだ。以来、村人たちは、感謝の心をこめて、この行列を祭りとして続けている。」
『信州の民話伝説集成 東信編』p72~73には嶽の幟という女神岳にまつわる民話が紹介されています。「むかし、日照りばかりが続いて、川の水も渇き、地下から掘って汲む井戸も涸れてしまった。作物ができないばかりか、これではみんな死んでしまうと人々は悲しんだ。そこで村人たちが相談して、男神嶽と女神嶽の両方に願をかけて祈った。『もし、大雨を降らしてくださり、民のいのちをお救いくださいますれば、あらん限りのお供えをいたします』そうして、長い布をはった龍神の姿をあらわした幟を立てて、みんなで行列をつくって歩いていくと、男神嶽の山の上に九頭龍のような形の霊体が現れ、だんだん女神嶽の方へ進んで山を覆ってしまった。すると、まもなくして大雨がざんざんと降り始め、人々は、わあっと歓声をあげて喜んだ。以来、村人たちは、感謝の心をこめて、この行列を祭りとして続けている。」

久しぶりでしたがやっぱり手強かった女神岳。別所温泉ルートは急峻でしたが、帰りの山田神社ルートからはいつかまた登れそうな感じもしました。女神山城では真田氏の足跡を見つけ、別所温泉ではヤマトタケルの足跡も見つけることができて大満足。令和8年の雨乞い祭「岳の幟」は7月12日(日)ぜひ行ってみたいです。


2023年7月29日女神岳はコチラ


2024年4月27日夫神岳はコチラ

2023年1月22日夫神岳はコチラ

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