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弘法山~雄大な富士山と4座の縦走が楽しめる充実のハイキングコース~

  • kk
  • 2025年12月31日
  • 読了時間: 7分

更新日:1月2日

こうぼうやま

標高:234m

所在地:神奈川県秦野市

登山口:弘法山公園入口

コース:パーキング高橋~弘法の清水~寿徳寺~弘法山公園入口~浅間山~権現山(弘法山公園展望台)~弘法山~善波峠方面との分岐~吾妻山~鶴巻温泉駅(約7.4㎞)

コースタイム:約2時間10分


秦野駅から近いパーキング高橋着。この近所は高橋さんのお家が多く、親しみ感じます。
秦野駅から近いパーキング高橋着。この近所は高橋さんのお家が多く、親しみ感じます。
少し歩くと前方に「弘法の清水 すぐそこ」オレンジ色の可愛い案内板。
少し歩くと前方に「弘法の清水 すぐそこ」オレンジ色の可愛い案内板。
弘法の清水。こんこんと湧き出る清水をいただきました。地元では臼井戸と呼ばれているようで、案内板にはこんな民話が紹介されていました。「(案内板より)夏の暑い日盛りに、一人の法師が立ち寄られ水を所望された。妻女は水がめを見たが一滴の水もありません。『ただいま汲んでまいりますのでしばらくお待ちください』と、寺の地まで水を汲みにいって立ち返った。法師は恐縮し、その親切と労に感謝をし、錫杖を地面に突きさし穴をあけ、『三日たったら、底をくり抜いた臼をここに据え置きなさい。必ず水が出るであろう』と立ち去られた。法師の言ったとおりにしたところ臼の中から清水が湧き出てきた。臼の中から湧き出る水、臼井戸と呼ばれ、古来この地の地名となり、後に、子々孫々へ語り継がれる中で弘法大師の伝説と結びつき、立派な民話となった。」
弘法の清水。こんこんと湧き出る清水をいただきました。地元では臼井戸と呼ばれているようで、案内板にはこんな民話が紹介されていました。「(案内板より)夏の暑い日盛りに、一人の法師が立ち寄られ水を所望された。妻女は水がめを見たが一滴の水もありません。『ただいま汲んでまいりますのでしばらくお待ちください』と、寺の地まで水を汲みにいって立ち返った。法師は恐縮し、その親切と労に感謝をし、錫杖を地面に突きさし穴をあけ、『三日たったら、底をくり抜いた臼をここに据え置きなさい。必ず水が出るであろう』と立ち去られた。法師の言ったとおりにしたところ臼の中から清水が湧き出てきた。臼の中から湧き出る水、臼井戸と呼ばれ、古来この地の地名となり、後に、子々孫々へ語り継がれる中で弘法大師の伝説と結びつき、立派な民話となった。」
寿徳寺湧水。このあたりは湧水の多いところなんですね。ちょうど小田急線通過~。
寿徳寺湧水。このあたりは湧水の多いところなんですね。ちょうど小田急線通過~。
寿徳寺は曹洞宗の落ち着いたたたずまいでした。猫もいっぱいいました。
寿徳寺は曹洞宗の落ち着いたたたずまいでした。猫もいっぱいいました。
水無川を渡ります。名前の通り水がとっても少ないです!この川に水が流れなくなったことにも弘法大師がらみの伝説があるようです。かつて水が満々とあったこの川を弘法大師が船に乗せてもらって渡ろうとしたところ、弘法の身なりの貧しさから船頭が断ったそうです。そこで弘法はその力で川の水を干上がらせてしまい、歩いて渡れるようにしたとのことです。なるほど、この水量なら歩いて渡れそうですね。
水無川を渡ります。名前の通り水がとっても少ないです!この川に水が流れなくなったことにも弘法大師がらみの伝説があるようです。かつて水が満々とあったこの川を弘法大師が船に乗せてもらって渡ろうとしたところ、弘法の身なりの貧しさから船頭が断ったそうです。そこで弘法はその力で川の水を干上がらせてしまい、歩いて渡れるようにしたとのことです。なるほど、この水量なら歩いて渡れそうですね。
セブンイレブンの裏手に登る山が見えてきました。山頂に展望台のような建造物が見えます。
セブンイレブンの裏手に登る山が見えてきました。山頂に展望台のような建造物が見えます。
ようやく登山口(弘法山公園入口)まで0.2㎞。
ようやく登山口(弘法山公園入口)まで0.2㎞。
弘法山公園入口。とっても大きい案内板で親切!
弘法山公園入口。とっても大きい案内板で親切!
いざ入山。今日は地元の友人と3人でレッツゴー。
いざ入山。今日は地元の友人と3人でレッツゴー。
まずは「←弘法山」の案内に沿って、川沿いの道をすすみます。
まずは「←弘法山」の案内に沿って、川沿いの道をすすみます。
階段登場。ここから登ります。
階段登場。ここから登ります。
最初の休憩ポイント。登山道は細やかに整備されていて、休憩所も案内板も充実しています。
最初の休憩ポイント。登山道は細やかに整備されていて、休憩所も案内板も充実しています。
浅間山山頂手前に神聖な空間があり、石のほこらがありました。
浅間山山頂手前に神聖な空間があり、石のほこらがありました。
無事の登山をお祈りしました。
無事の登山をお祈りしました。
ほこらの先の階段を昇るとあずまやのある広い場所に出ました。
ほこらの先の階段を昇るとあずまやのある広い場所に出ました。
本日の一座目到着。「浅間山」標高196m。
本日の一座目到着。「浅間山」標高196m。
あずまやに芳名帳でもあるのかしら?と近づいてみると、なんとヤマビルよけの塩!とてもありがたいですが、きゃ~って感じです。冬でよかった💦
あずまやに芳名帳でもあるのかしら?と近づいてみると、なんとヤマビルよけの塩!とてもありがたいですが、きゃ~って感じです。冬でよかった💦
大山が正面に見えますね!2年前の子どもの日に登ったのが懐かしいです。
大山が正面に見えますね!2年前の子どもの日に登ったのが懐かしいです。
トイレがすっごくかわいいです!左から🚻→🚹→🚺と分かれています。水洗できれいです。
トイレがすっごくかわいいです!左から🚻→🚹→🚺と分かれています。水洗できれいです。
次の目的地「権現山(展望台)」まであと0.2㎞。すぐそこです。
次の目的地「権現山(展望台)」まであと0.2㎞。すぐそこです。
魅力的なルートマップがあったので確認。指をさしているあたりが弘法山です。
魅力的なルートマップがあったので確認。指をさしているあたりが弘法山です。
森林セラピーロードへ。かわいいネーミングです。文字もなんとなく癒し系。
森林セラピーロードへ。かわいいネーミングです。文字もなんとなく癒し系。
再び🚻登場。トイレに困らない山です!
再び🚻登場。トイレに困らない山です!
権現山(展望台)に到着。異国風のデザインの展望台がそびえています。
権現山(展望台)に到着。異国風のデザインの展望台がそびえています。
ここは「かながわの探鳥地50選」だそうです。すばらしい。
ここは「かながわの探鳥地50選」だそうです。すばらしい。
本日二座目到着。「権現山」標高243m。
本日二座目到着。「権現山」標高243m。
展望台に上りました。ひゃ~、最高!
展望台に上りました。ひゃ~、最高!
展望台からの富士山。
展望台からの富士山。
そして富士山の左手にもこのような山々のラインナップ。2022年のお正月には金時山、2023年のお正月には明神ヶ岳に行きました。大涌谷のあたりには白い煙も見えますね!
そして富士山の左手にもこのような山々のラインナップ。2022年のお正月には金時山、2023年のお正月には明神ヶ岳に行きました。大涌谷のあたりには白い煙も見えますね!
展望台からの大山もとても美しいです。
展望台からの大山もとても美しいです。
次の目的地は弘法山。あと0.8㎞です。
次の目的地は弘法山。あと0.8㎞です。
権現山の歴史が記された案内板がありました。それによれば権現山の名前の由来は、ここに権現堂があったことによるそうで、権現山には白山妙理権現がまつられていたとのことです。さらに室町時代、ここは山城で、秦野方面の備えを目的とした築造だったようです。毎年8月14日、15日の両日、山頂では「弘法山の百八松明」という行事が行われ、一年の無病息災を祈るとのことです。
権現山の歴史が記された案内板がありました。それによれば権現山の名前の由来は、ここに権現堂があったことによるそうで、権現山には白山妙理権現がまつられていたとのことです。さらに室町時代、ここは山城で、秦野方面の備えを目的とした築造だったようです。毎年8月14日、15日の両日、山頂では「弘法山の百八松明」という行事が行われ、一年の無病息災を祈るとのことです。
何かが植えられ囲われているエリアがありました。これは何でしょう?
何かが植えられ囲われているエリアがありました。これは何でしょう?
近くに石碑や案内板があります。これに書いてあるのかな。
近くに石碑や案内板があります。これに書いてあるのかな。
「秦野たばこ」の一生!囲われた植物はたばこの葉だったのですね。案内板によると、秦野はたばこの里で、たばこ作りは江戸時代初期からの歴史があるそうです。「秦野たばこは技術で作る」と全国に名声を博すほどだったとか。この石碑と案内板は「たばこ耕作」が時とともに人々の心から失われないように記されたようです。1~3月の絵を見ると、まさに先ほどの写真の世界。7~8月の絵ではたばこを竹に吊るしています。そういえば水無川の周囲には秦野の歴史に関するレリーフがあってその中の1枚に葉っぱを干しているような図柄がありました。あれはたばこだったんですね。そして9月~10月の女性が持っている葉っぱがすごく大きい!たばこの葉っぱってこんなに大きくなるんですね!そういえば町中に昔ながらのたばこやさんも見かけました。いろいろ興味がわいてきます。
「秦野たばこ」の一生!囲われた植物はたばこの葉だったのですね。案内板によると、秦野はたばこの里で、たばこ作りは江戸時代初期からの歴史があるそうです。「秦野たばこは技術で作る」と全国に名声を博すほどだったとか。この石碑と案内板は「たばこ耕作」が時とともに人々の心から失われないように記されたようです。1~3月の絵を見ると、まさに先ほどの写真の世界。7~8月の絵ではたばこを竹に吊るしています。そういえば水無川の周囲には秦野の歴史に関するレリーフがあってその中の1枚に葉っぱを干しているような図柄がありました。あれはたばこだったんですね。そして9月~10月の女性が持っている葉っぱがすごく大きい!たばこの葉っぱってこんなに大きくなるんですね!そういえば町中に昔ながらのたばこやさんも見かけました。いろいろ興味がわいてきます。
富士山ベンチ。これは右肩でしょうか(左肩と中央は見逃しました💦)。3か所で撮った写真を合わせると富士山の形になるようです。
富士山ベンチ。これは右肩でしょうか(左肩と中央は見逃しました💦)。3か所で撮った写真を合わせると富士山の形になるようです。
今回のハイキングでは右肩で記念撮影。
今回のハイキングでは右肩で記念撮影。
右肩からの富士山の展望もよしです。
右肩からの富士山の展望もよしです。
富士山ベンチのある広場から弘法山まで0.5㎞。
富士山ベンチのある広場から弘法山まで0.5㎞。
本日3つ目の🚻がありました。自動販売機や空き缶やペットボトルの回収BOXまであってすごい充実ぶり。ヤマビル対策の塩もあります!
本日3つ目の🚻がありました。自動販売機や空き缶やペットボトルの回収BOXまであってすごい充実ぶり。ヤマビル対策の塩もあります!
ニホンズイセンが咲いていました。とってもいい香り。
ニホンズイセンが咲いていました。とってもいい香り。
「森に生きる」像。
「森に生きる」像。
「百八松明」の案内板。「ひゃくはったい」と読むのですね。旧盆の厄除、豊作を祈る火のお祭りだそうです。8月14日たいまつ約70本を権現山に運んで点火、参加者がかついで龍法寺の山門付近までおろすのですね。山に松明が火の帯となる景色は壮観でしょうね。
「百八松明」の案内板。「ひゃくはったい」と読むのですね。旧盆の厄除、豊作を祈る火のお祭りだそうです。8月14日たいまつ約70本を権現山に運んで点火、参加者がかついで龍法寺の山門付近までおろすのですね。山に松明が火の帯となる景色は壮観でしょうね。
弘法山の石碑。いよいよ弘法山へ続く最後の坂でしょうか。
弘法山の石碑。いよいよ弘法山へ続く最後の坂でしょうか。
先ほどより小さな🚻ですが、水道もあり充実しています。
先ほどより小さな🚻ですが、水道もあり充実しています。
鐘楼が見えてきました。
鐘楼が見えてきました。
本日の三座目到着。「弘法山」標高234m。
本日の三座目到着。「弘法山」標高234m。
「弘法山の歴史」の案内板。ところどころ読みにくいところもありますが、名前の由来は弘法大師がこの山頂で修行をしたことからだそうです。
「弘法山の歴史」の案内板。ところどころ読みにくいところもありますが、名前の由来は弘法大師がこの山頂で修行をしたことからだそうです。
「弘法の乳の水」の案内石碑。この井戸から湧き出た水は、白くにごり、乳の香りがするとか。「真夜中に、誰にも知られずに山に登り、乳の水を飲むと、乳がどくどくと出るようになる」という伝えられるそうです。こんな山頂に不思議な白い水がでるのも弘法さまのお力だそうです。
「弘法の乳の水」の案内石碑。この井戸から湧き出た水は、白くにごり、乳の香りがするとか。「真夜中に、誰にも知られずに山に登り、乳の水を飲むと、乳がどくどくと出るようになる」という伝えられるそうです。こんな山頂に不思議な白い水がでるのも弘法さまのお力だそうです。
弘法の乳の水、白く濁っているかな。
弘法の乳の水、白く濁っているかな。
弘法山山頂にもニホンズイセンが咲いていました。
弘法山山頂にもニホンズイセンが咲いていました。
「釈迦堂(しゃかんどう)」中には弘法大師さまが座っています。
「釈迦堂(しゃかんどう)」中には弘法大師さまが座っています。
釈迦堂案内板によれば、山頂には弘法大師の旧跡であることから古くより福仙庵という堂があったそうですが、江戸時代に荒廃を嘆いた龍法寺の僧により新たに堂が建てられ、釈迦如来像と弘法大師像をまつって釈迦堂としたとのことです。しかし明和3年の火災で焼失。堂の再建後は弘法大師の木像のみを安置しましたが、関東大震災などで被災し、現在の釈迦堂は昭和39年に建てられたものだそうです。うう
釈迦堂案内板によれば、山頂には弘法大師の旧跡であることから古くより福仙庵という堂があったそうですが、江戸時代に荒廃を嘆いた龍法寺の僧により新たに堂が建てられ、釈迦如来像と弘法大師像をまつって釈迦堂としたとのことです。しかし明和3年の火災で焼失。堂の再建後は弘法大師の木像のみを安置しましたが、関東大震災などで被災し、現在の釈迦堂は昭和39年に建てられたものだそうです。うう
歴史いっぱいの弘法山から次の目的地の吾妻山(3.0㎞)へ。
歴史いっぱいの弘法山から次の目的地の吾妻山(3.0㎞)へ。
きれいな天狗のうちわを拾ったよ~。
きれいな天狗のうちわを拾ったよ~。
自動販売機登場。この山は飲み物にも困りません。
自動販売機登場。この山は飲み物にも困りません。
分岐。鶴巻方面(3.4㎞)に進みます。
分岐。鶴巻方面(3.4㎞)に進みます。
大山への分岐。ここから大山へも行けるんですね、すごい。我々は鶴巻方面へ。
大山への分岐。ここから大山へも行けるんですね、すごい。我々は鶴巻方面へ。
東海大学前駅への分岐。こちらも鶴巻温泉方面へ進みます。
東海大学前駅への分岐。こちらも鶴巻温泉方面へ進みます。
吾妻山まであと0.4㎞。
吾妻山まであと0.4㎞。
吾妻神社に着きました。ここまで安全に来られたことに感謝。
吾妻神社に着きました。ここまで安全に来られたことに感謝。
個性的な方位盤もあります!
個性的な方位盤もあります!
本日の四座目到着。「吾妻山」標高125m。
本日の四座目到着。「吾妻山」標高125m。
吾妻山はおなじみの日本武尊(やまとたけるのみこと)伝説です。東国征伐の途中海が荒れ、妻の弟橘比売(おとたちばなひめ)が海に身を投げて海神の御心を慰め、海が静まったとのこと。征伐後、帰る途中相模湾・三浦半島が望めるところで弟橘比売を偲んで「あずま・はや」と詠まれた場所がここということですね。これまでにも四阿山でも同じ伝説が伝えられ神社もありました。日本全国にこの伝説の地がどれくらいあるのでしょう?面白いですね。
吾妻山はおなじみの日本武尊(やまとたけるのみこと)伝説です。東国征伐の途中海が荒れ、妻の弟橘比売(おとたちばなひめ)が海に身を投げて海神の御心を慰め、海が静まったとのこと。征伐後、帰る途中相模湾・三浦半島が望めるところで弟橘比売を偲んで「あずま・はや」と詠まれた場所がここということですね。これまでにも四阿山でも同じ伝説が伝えられ神社もありました。日本全国にこの伝説の地がどれくらいあるのでしょう?面白いですね。
いざ下山。鶴巻温泉まで1.1㎞です。
いざ下山。鶴巻温泉まで1.1㎞です。
途中無人販売がありました。「ズイキ(今年度はこれにて完売)」が気になります。
途中無人販売がありました。「ズイキ(今年度はこれにて完売)」が気になります。
坪ノ内バス停への分岐。鶴巻温泉駅へ右に下っていきます。
坪ノ内バス停への分岐。鶴巻温泉駅へ右に下っていきます。
無事に下山しました。
無事に下山しました。
鶴巻は「温泉とジビエのまち」なんですね。魅力的です。
鶴巻は「温泉とジビエのまち」なんですね。魅力的です。
「鶴巻温泉駅 直進しT字路を右折」丁寧な案内板に感謝です。
「鶴巻温泉駅 直進しT字路を右折」丁寧な案内板に感謝です。
弘法の里湯は休館でした。大晦日ですもんね。
弘法の里湯は休館でした。大晦日ですもんね。
鶴巻温泉駅到着。ここから小田急線で秦野駅まで戻り、駐車場へ。年末年始の帰省中の神奈川県で、地元の友人と一緒に、雄大な富士山の眺めと4座の縦走を楽しんだ大晦日の1年の締めくくりの里山あるきに感謝。
鶴巻温泉駅到着。ここから小田急線で秦野駅まで戻り、駐車場へ。年末年始の帰省中の神奈川県で、地元の友人と一緒に、雄大な富士山の眺めと4座の縦走を楽しんだ大晦日の1年の締めくくりの里山あるきに感謝。

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